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気ままに写真の日々つづり

8月

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8月がやってきました。やっと梅雨が明けた。久しぶりのブランコに酔いそうになる。子どもはというと、前までブランコを怖がっていたのが随分高い位置まで漕げるようになっていた。当たり前ながら子どもは出来るようになることが多いので、時々無性にうらやましくなります。

大人はと言えば、ずっと続けているものは何とかなるものの、ちょっとサボるとダメになるものばかり。しかも基礎から立ち帰る必要も出てくる始末。細々とでも続けることの大切さを実感するのでした。こうなったら基礎から立ち帰る分また新鮮味が生まれて美味しいじゃないかとボジティブに捉えたい。

それにしても、暑すぎる・・・

 

 

猫のさうし

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今、古典の『御伽草子』を読んでいる。子どもが最近浦島太郎の話にはまっており、改めて私も浦島太郎の話を読むと何とも居た堪れない気持ちになってしまう。それで、そもそもの浦島太郎の話はどうだったのか確かめてみたくなったのだった。

その『御伽草子』に載っているのがはるか昔の浦島太郎のお話。しかし読んでいてさらに心惹かれたのが”猫のさうし”というお話。単純に言えば猫vs鼠の、高僧を相手に猫と鼠が訴陳しあうお話といった感じです。(如何せん古語なので曖昧な点が多い・・・)この話に登場する猫が夢枕で高僧に訴えかける時の台詞が可愛すぎる。

猫『われは是天竺、唐土に恐れをなす 、虎の子孫なり。日本は小国なり、国に相応してこれを渡さるる。その子細によって日本に虎これなし。(中略)ことばを通ずといへども、天竺の梵語なれば、大和人の聞き知ることなし。』

だって。可愛い。この口調で言うのがまた可愛い。猫は本当は大陸では虎だったけれど、日本は小さい国だからそれに合わせて小さくなったんだって。可愛い。だから本当は虎なんだって。可愛い。ことば喋ろうとしても、猫はサンスクリット語話者だもんで日本人には通じないんだって。猫すごい。サンスクリット語喋るんか。可愛い。猫可愛すぎる。 

それにしても、学生時代に古文をまともに勉強しなかったことが大変悔やまれます。ただの受験のための科目になってしまった。今も名高い大昔のベストセラーを、是非とも読もうではないかというノリで勉強したかった。

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LC-Aで撮った。最後のフィルム巻き取りがおかしくなって一部多重露光になっていたので写真を繋げてみました。大きな日本画みたいな、そんな感じで。猫可愛すぎる。

 

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こどもの落書きが泣いていた。

  

7月からとうとう組合の役員が回ってきた。

あれやれこれやれの指示が頻繁にやってきて、おかげでこどものためのスケジュール帳になっていた私の手帳が一気に正真正銘私の手帳になった。しかしそこまで嬉しくはない。自分の用事ばかりの手帳に出来るのはまだ先か。楽しみに待つ。

 

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「おかあさん、ほらみて、おそらピンクだよ」と昨日の昼、こどもが不思議そうに言っていた。後で考えると ”ほんとうだ、きれいな色だね”と答えるのが正解なんだろうけど、馬鹿正直に「この時間にピンクの色が見えるのは怪しいなあ、近くに地震くるかもしれないよ」と大人のようで大人気ない答えをしてしまった。実際そういう体験が何度かあったせいです。「ええっ」と怖がる子どもに少し反省。「大丈夫、そんなピンクの色濃くないから地震きても弱いよ」と大して根拠のない返事をして安心してもらった。 でも、この記事書いている時まさに地震がきたのでした。震度1。ドドドっと、地響きがして一瞬びびる。弱くて良かった。夕方以外でピンク色の空を見ると怪しい、という経験値がまた増えてしまった。子どもは、園で「じしんがおこるとおもってたよ」とか言ってたりして。ちびっこ預言者